実は、この度の伊勢の参拝紀行は、2日目であるここからがメインイベントです。
今回は青山和加さんの「伊勢を楽しむ旅」に参加させて頂くことが主たる目的でした。
和加さんとは、友人を介してSNSで繋がっておりましたが、昨年、東京で開催されたセミナーでお会いし、その後、和加さん公演の「人脈は神脈」と題した講演を拝聴し、伊勢という聖地を通して色々なご縁(まさしく神さまのご縁)を頂いているというお話に感銘しました。
わたくしも遅ればせながら、やはりこういう聖地には特別な思いがあり、また、そういうところでご縁が繋がるということは、まさしく神さまのご縁なのだと思っておりました。というか、そもそも、筆者がよくいう「必然」というのは、実は人智だけでは計り知れない作用があるということを前提にしています。
だから偶然ではなく、引き合わせなのですね。
そして、これだけ何度も伊勢に通っていて実現しなかった「早朝参拝」。
特に毎年、冬至の時期には必ずおかげ参りに行っておりますのに、さらに、和加さんがアップされる「宇治橋の日の出」に一度でも参拝したいと思いつつ、これは例年鳥羽泊なので、中々、実現しませんでした。
しかし、今回、ついに、時期は違いますが、この皇大神宮の早朝参拝に参加できるというのはこの上ない喜びでした。
奇しくもこの日は、北米ではサマータイム初日。
「勝手にサマータイム導入」している筆者は、東京ならこの日から6時出社(※注ー始業は9時ですが、わたくしの始業は通常2時間早く7時。更にサマータイム導入で6時始業ということなんです)、大変良い区切りになりました。
そして、折角ですので、この機会に、きちんと内宮をご紹介させて頂こうと思いました。
〇皇大神宮とは
伊勢神宮に関しては、これまでも色々な形で触れてきました。
昨年「伊勢おかげ参り2017」で、なんかかなり雑多に色々なことを書いておりますので、今回は折角、伊勢旅のプロフェッショナル、青山和加さんにアテンド頂きましたので、そのご案内を中心に纏めてみました。
まずは宇治橋。
太陽が上がってきております。
ちなみに冬至の時期にはこの鳥居のどまんなかから陽があがるそうですす。
その時期はカメラ三脚場所取り合戦で大変だそうです。
それは、なんといっても太陽神でいらっしゃいますから。
しかし、冬至で気になることをひとつだけ...
「天の岩屋戸」は日食説と冬至説がありますが...
前者はアマテラスさまがお隠れになったので太陽が隠れたという意味。
後者は太陽の光が一番弱っているという意味。
これは、当然後者ですね。
そう、アマテラスさまはスサノオさまの傍若無人な振舞いと周囲の非難に甚だお疲れだったのでしょうね。
なので、天の岩屋戸で充電されていたのでしょう。
したがってこれは冬至の話だと思うのが正答でしょう。
日食説は、あまりにも「アマテラス=卑弥呼」の色が濃すぎますので間違いでしょう。
五十鈴川の手水。
この儀式も何度もさせて頂いておりますが、今日はとても冷たかったです。
略、毎回ここでも撮影いたしますが、まだ陽が出ていないので水が本当に冷たそうです。
滝祭神のことは以前にも書きましたので、ちょっとここでは省略。
但し、いつか纏めてきちんと書きますが、伊勢に神宮が来る以前からある地元の神さまは実はとても興味深いものがあります。
昨日の高河原神社もそうでした。
メインの参道もさすがに人が少ないのです。
しかし、少ないというだけでこんな早朝から全く人がいないという訳ではないところが、やはり皇大神宮だと思います。
さすがに日本で最高の神さまのお社です。
わたくしは殆どの場合、先に別宮「風日祈宮」にお参りいたしますが、今日は、和加さんのおすすめで正規のルートを推奨され、そのまま正宮に参りました。
あ、その前に、御垣内参拝の手続きを。
御垣内参拝をするためには大きく分けて3つの方法があります。
ですが、ここでは省略します。
ご興味のあるかたは和加さんにお尋ねください。
わたくしも二つは知って(というか、二つの方法で参拝したことが何度もあります)おりましたが...
この辺りの参道の木々は余りにも多くのひとが触るので、保護されています。
むやみやたらに木に触るのはやめましょう。
第一、よく観光の方が摩っている樹木は、はっきり申し上げてなんのパワーもありませんので...
自然を保護することを第一にお考えください。
正宮前です。
こんなに人が写っていない写真を撮影したことも初めてです。
この後、御垣内参拝をさせて頂きました。
〇八咫鏡
ところで、伊勢神宮のご神体は、よくご存じの八咫鏡です。
この八咫鏡は、天照大御神が「天の岩屋戸」にお隠れになったときに、石凝姥命によって鋳造され、アマテラスさま自身を映された鏡として宝物になり、ニニギさまの天孫降臨の際に三種の神器(または八咫鏡は特別に天照大御神自身だと思って祀るようにとの「宝鏡奉斎の神勅」が下されたともされています)として、八尺瓊勾玉、天叢雲剣(草薙剣)とともに託されます。
※宝鏡奉斎の神勅「吾が児、此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし。与に床を同くし殿を共にして、斎鏡をすべし。」
現代語訳「我が御子、この宝鏡(八咫鏡)を見る時は私(天照大御神)を見ると同じようにしなさい。床を共にし、同じ殿にいて神聖なる鏡としなさい」
その後、大和朝廷に祀らますが、崇神天皇のときに、天照大御神の勢いをおそれて宮中の外で祀る事とされました。崇神天皇6年、八咫鏡は豊鍬入姫命に託されて笠縫邑に移されました。
そして、次の垂仁天皇の命により倭姫命が、アマテラスさまのお社を創建されるまで、御巡幸されたのは「八咫鏡」の安置場所を求められたということなのです。
伊勢神宮を創祀したときに天照大御神から倭姫命への神託は「日本書紀」では以下のように書いてあります。
「是神風伊勢國 則常世之浪重浪歸國也 傍國可怜國也 欲居是國」
現代語訳ー「この神風(かむかぜ)の伊勢の国は、常世の浪の重浪(しきなみ)帰(よ)する国なり。傍国(かたくに)の可怜(うまし)国なり。この国に居(を)むと欲(おも)ふ」
ということで、実は、倭姫命さまのご遷座巡幸というのは、八咫鏡の遷座という言い方が正しいのです。
〇別宮No.1の荒祭宮
御垣内参拝の次は荒祭宮に。
ここも、なんと人がだれもいないところを撮影できました。
こちらの御祭神は天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の荒御魂(あらみたま)です。
つまり正宮と対になっているのが必ず参拝が必要です。
そして、実は伊勢神宮の中では唯一「祈願をしてもよいお宮」と伝えられております。
わたくしは神々さまにそんな失礼なことはいたしませんが...
いつも十分にお守り頂いております。
ですからここにだって来させていただけるのですね。
感謝以外にありません。
また、こちらは正宮別宮の中では一番序列が高いのです。
さらに、神御衣祭(かんみそさいー神(天照大御神)が着られる衣服を奉げる祭典であり、和妙(にぎたえ=絹布)と荒妙(あらたえ=麻布)が奉げられるます。5月と10月の年2回行われ、いわば神さまの衣替えです)は豊受大神宮では行わないませんが、内宮正宮と荒祭宮では毎年5月と10月に行なわれることなどから、外宮よりも荒祭宮の方がランクが上だという人もおられます。
折角ですので、別宮の序列を下記させて頂きます。
わたくしの家の神棚もこのような順番で剣祓大麻を皇大神宮の祈祷大麻の後ろに重ねてあります。
皇大神宮(内宮)別宮
・序列1位 荒祭宮 (伊勢市宇治)
・序列2位 月讀宮 (伊勢市中村町)
・序列3位 月讀荒御魂宮 (伊勢市中村町)
・序列4位 伊佐奈岐宮 (伊勢市中村町)
・序列5位 伊佐奈弥宮 (伊勢市中村町)
・序列6位 瀧原宮 (度会郡大紀町)
・序列7位 瀧原竝宮 (度会郡大紀町)
・序列8位 伊雑宮 (志摩市磯部町)
・序列9位 風日祈宮 (伊勢市宇治)
・序列10位 倭姫宮 (伊勢市楠部町)
さて、この正宮から荒祭宮に行く途中にも色々なスポットがありますが、よく大勢の方々は摩られている神宮杉。
もう下の部分はテカテカになってますが...
この木はパワースポットでもなんでもありません。
なので心ある人は触らないでください。
ご利益なんてありませんし、木が気の毒です。
人間の欲を満たす場所ではありませんので。
それよりももっと大切なことがあります。
正宮の丁度、真裏になるところから、荒祭宮に向かっている石段があります。
この石段の中に割れている石がありますが、この石は「踏まぬ石」と呼ばれ、避けて通らなければならないとされています。
こちらの方が大切です。
ご注意いただくと同時に、とても変わった石なので、発見してください。
後編につづく...
0コメント